『機動戦士ガンダム00』におけるイデオロギィと実感信仰
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この物語は大別して「ソレスタルビーイング」という組織による戦争根絶を目的とした「大きな物語」(イデオロギィ)と、しばしばその被害者となる人々の「小さな物語」から成り立っています。そして、この両者の比較によって「大きな物語」を相対化してやろう、あるいは「大きな物語」の中にある「小さな物語」を引きずり出してやろう、という意図をはっきり見て取ることが出来るでしょう。
この辺は『コードギアス』とも共通していますね。ただ、『コードギアス』が(破綻したとはいえ)主役ふたりの思想的な対決を貫いたのに対し、『ガンダム00』では一般市民であるルイス・ハレヴィという少女の物語に大きなウェイトが置かれていることからもわかるように、思想的な対決をむしろ異化するように描かれています。この違いは深夜1時25分と夕方6時の違いである……と断言するのは性急かもしれませんが、『ガンダム00』の方はマルクス主義のマの字も出てこない「普通の」プロレタリア文学のように、広い層を意識した説得的な話だな、と思った次第。
個人の生活であるとか、異なる主義主張とかを抑圧するようなイデオロギィ(全てのイデオロギィは抑圧的だけど)に対する不信感というのは古くから日本人の中に見ることが出来ますが、そのひとつの類型が「実感信仰」というものです。
「実感信仰」というのは丸山真男の『日本の思想』に出てくる言葉で、簡単に説明すると「理論よりも伝統や習慣に基づいた感覚を重視する態度」のことです。丸山の場合は特に「遅れた田舎/進んだ都会」という枠組みの中でこの言葉を使っていたのですが、そのことはとりあえず置いときましょう。
例を出します。西洋哲学ではプラトンのイデア論以来、どのような場合にも適用できる「美の本質とは何か」ということを一生懸命考えてきました。それに対して日本では、小林秀雄が「美しい『花』がある。『花』の美しさという様なものはない。彼の『花』の観念の曖昧さに就いて頭を悩ます現代の美学者の方が、化かされているに過ぎない」(『当麻』)と書いているように、「美」という概念の普遍化を敢えて避けながら、個別の具体的な経験にこだわるという傾向が強かったわけです。
近年は日本でもリチャード・ローティの「エスノセントリズム」が割と注目されていますが(それだけ批判も多く受けている)、特権的で完璧な政治理論を打ち立てるのではなく、とりあえず現在受け入れている文化の中でどれが一番マシかということを考えていこう、というこの立場もある意味では「実感信仰」と非常に近いところがあります。普遍化を避け、個別の経験を尊重しようという考えですね。
こう書くと実に素晴らしい考えのように思えますが、実際はそうでもありません。何故かと言えば、人間は「自分の経験」を尊重することは出来ても、「他人の経験」を尊重することはなかなか出来ないからです。例えば西田幾多郎のように、西洋の哲学は神やイデアといった特権的な「有」の立場から他人を支配する論理だ、俺は「絶対無」の立場に立って全ての「有」を受け入れるのだ、としておきながら、結局は大東亜共栄圏という幻想に取りつかれ「支配じゃないよ、友達だよ」なんて自己肯定するに至る、ということもある。
ローティにしても、9.11以降のアメリカの対外政策を批判してはいますが、「経験的に上手くいっているものは良いものだ」という理屈で民主主義の押し付けを肯定しているのはローティ自身ではないか、と言うことも出来るでしょう。
合理主義や自己責任論を「これは絶対的な真理だ」と押し付けるのは、確かに間違っています。しかしそれは批判しやすい間違いであり、むしろ、イデオロギィに対して個人の実感や経験を対置させることの方が、批判しにくいだけに間違いも修正され辛いと言えます。
『ガンダム00』でもソレスタルビーイング側の「世界を変革する」という(はっきり言えば)意味不明なイデオロギィに対して「何を言ってるのかね君たちは」と理念的に批判するのでなく、倫理を欠いたイデオロギィの被害者という目線から、第三者の「実感」として批判する、という形式が取られています。それはそれで有効な批判であると言えるでしょうが、上述したような理由から、僕はあまり良いことだとは思いません。
もちろんソレスタルビーイングの考えは馬鹿馬鹿しいのですが、「お前たちは間違っている/俺たちのほうが正しい」と言い切るだけの目線の高さは、それを批判する側にも見習って欲しいと思いますね……。
要するに「笠井潔の矢吹駆シリーズ最高!」ということですね。私の知る限り、エンタテイメントの枠組みで「思想戦争」と呼べるものを描いたのは、このシリーズくらいのものです。
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サマー・アポカリプス (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
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