時雨沢恵一『リリアとトレイズ〈私の王子様〉上・下』

時雨沢作品は『キノの旅』シリーズを始めとしてその多くが「主人公が旅に出て、旅先で事件に巻き込まれる」というパターンを踏襲しています。この作品でもそれは同じで、寝台列車に乗り合わせたリリアとトレイズが国家的な陰謀に巻き込まれる、というのが大まかなあらすじ。似たようなシチュエーションはこの「リリアとトレイズ」のひとつ前のシリーズ「アリソン」の3作目にもありましたね。作者の趣味でしょう、たぶん。
列車内のような閉鎖状況では登場人物が制限されるため、犯人が一般人の振りをして紛れ込む、という風にひとり何役もこなすことになります。すると、それを自然に見せるために大量の伏線を張ることになるのですが、時雨沢作品の場合はそれが伏線だとわかるように書かれている点が面白い。で、読者に伏線の意味を予想させ、それとは少しずらすという手法が特徴的です。でも「時雨沢だから何かあるだろうな」と思いながら読めば大体オチがわかってしまう、「意外風味」なお話が多いですね。
それと

トラヴァス少佐は、黒い背広姿。黒いネクタイ。脇にいる、“お嬢様”と呼ばれた若い女性は、ベージュのスラックスに、浅いVネックの白いセーター。ベージュのジャケットを上着に着たシンプルな旅の服装をしていた。

のような外見に対する執拗な描写。これも時雨沢作品の特徴的なスタイルではないかと思います。しかし、その割には描写の中にはっとするような表現がなくて、描写の対象になるのも大体が髪と服でワンパターン。この辺はあまり上手くないと思います。