『とらドラ!』

「私は、あんたとは正反対だね。私はだめだ。優しくなんかできない。許せないものが、たくさんあるから。……ううん、この世の中で、許せるものなんか本当に少ししか私にはないの。私の前にあるものは、みんな、みんな、みんなみんなみんなみんなみんな……」
長いスカートがひらりとめくれ上がった。真っ白な足が見事に伸びて風を切り、
「……む、か、つ、く、ん、じゃ―――っっっ!」
クールな電柱に一撃必殺のハイキック。突然の感情の爆発に、竜児はビビって声も出ない。一歩大きく後退して、うわ、などと呟きつつ、暴れる虎を見守るしかない。
  (『とらドラ!』197Pより)

小さな体に凶暴な性格、周囲から「手乗りタイガー」と恐れられる女子高生・逢坂大河を中心としたラブコメディ。ラノベじゃなかったら絶対、ものすごく酷い目に遭ってますよね、このヒロイン。平穏無事で何よりですが、僕はこの物語みたいに、ヒロインの性格が捻くれてるのは家族関係が上手くいってないからだ、とか、凶暴だけど実は可愛いところもあるんだよ〜、とか、そういう安易なエクスキューズを与えられると、そのキャラクタの「底の浅さ」を見せられたようで悲しくなります。

とらドラ!1 (電撃文庫)

とらドラ!1 (電撃文庫)

「私が見ているあなたも私を見ている」という視線のやり取りによって、人間は他者の中に魂の存在を直感するそうです。

「……鬱陶しい奴……」
彼女が、二つの大きな眼球で、竜児を睨みつけただけ。それだけ。
たったそれだけのことに、そのほんの数秒の緊迫に、竜児は圧倒されていた。圧倒されて、頭の中が真っ白になって、全身が絞り上げられ、緊迫されたように動けなくなり、そのまま文字通り卒倒したのだ。
  (同書37Pより)

作中で散々強調されている、希薄になった家族関係。その代償となる、よりヴィヴィッドで原始的な関係をどこに求めるのかと問われた場合、それは「運命」であったり、あるいは魂の存在を直接感じさせる「視線」や「名前」にアクセスすることにあると言えるでしょう。

そう簡単には手に入れられないように、世界はそれを隠したのだ。
だけどいつかは、誰かが見つける。
手に入れるべきたった一人が、ちゃんとそれを見つけられる。


そういうふうになっている。
  (同書11Pより)

「通称」のように社会的な関係性に還元され得ない、まさに「その人そのもの」である「名前」で呼ぶことも、ヴィヴィッドな関係を直感させる手段のひとつ。この作品のクライマックスがまさにそういう話ですが、だからって昔のエロゲじゃあるまいし、今どき名前で呼ぶことに過剰な意味づけをされてもねぇ……という気がします。