戦前日本の植民地支配について考えるためのブックガイド
僕の師匠が言っていたことですが、欧米のポストコロニアル理論についての本は積極的に邦訳されて実際に読まれているけれど、韓国の学者がポストコロニアル理論を用いて書いた本はなかなか邦訳されない。なぜかと言えば、スピヴァクやサイードが攻撃しているのはあくまでもアメリカやイギリスやイスラエルであるのに対し、韓国の学者が攻撃するのは日本であるため、読者が不快に感じることを心配した出版社が邦訳を出したがらないからだ、と。結果として日本の読者が読むのは、在日朝鮮人が日本語で書いた本ばかりになってしまう。
こういう話を聞くと、何のために学問をするのだろう、と考えされられてしまいますね。エドワード・サイードは「知識人」の要件として「アウトサイダーであること」を挙げていますが、アメリカ社会と軋轢を抱えながら、アメリカを批判し続けたサイードから学ぶところは多いように思われます。月並みですが、自分たちの属する社会を批判できる、というのは大事なことでしょう。それを許容する社会にとっても、自分自身にとっても。ちなみに「アウトサイダー」といっても自分が所属する西洋社会から完全に離れてしまうのではなく、西洋社会に住み、そこで学び、そこから情報を発せざるを得ない自己のコンテクストを引き受けた上でそれを批判すること、サイードの表現を借りれば「隙間」から発言するということが含意されていることは強調しておきたいと思います。植民地について語ることの根源的な非対称性を自覚するために。
そんなわけで、本題のブックガイドについて。知識人たらんとするにはまず勉強しろという話ですが(柄谷行人は「知識人とは大衆でないという自己意識」でしかないと言っていますけど)、専門的な本は図書館で検索すれば簡単に見つかるのに対して、それを幅広いコンテクストに位置づけるような本はちょっと見つけづらいかな、と思ったので今回はその辺を中心に選んでみました。あとは若干の古典。対象としては大学3年生程度を想定していますが、基本的には入門書レベルのものを選んでいます。まあ、私も専門家というわけではないので……。
「あれがない、これがない」という件はコメント欄に書き込んでいただければ知識が共有できて幸せかもしれません(主に僕が)。
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http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/works/guniansyo.html
従軍慰安婦問題の法的側面については、戸塚悦朗『日本が知らない戦争責任ー日本軍「慰安婦」問題の真の解決へ向けて』が重要。
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http://booklog.kinokuniya.co.jp/takahara/archives/2010/01/post_1.html
良書であることは間違いないのですが、持っていると手が痛くなるような大部の本なので、もう少し手軽に読める本が良いという方には文京洙『韓国現代史 (岩波新書)』をお勧めしておきます。
興味深いと感じる論文をいくつか。まず駒込武「日本の植民地支配と近代」(『トレイシーズ』2号、2001年)では、植民地において「日本化」「近代化(=西洋化)」という宗主国側の暴力と、近代化を積極的に受け入れようとする植民地有力者が振るう暴力とが折り重なって存在していたことを指摘しています。とはいえ「日本」「西洋」「植民地有力者」が対等の立場で暴力を振っていたわけではもちろんなく、そこには厳然としたヒエラルキーが存在し、それを固定化するために「植民地支配」という制度が創出されたのだ、と著者は指摘します。
このような暴力の折り重なりは、当然ながら暴力の主体であると同時に客体でもある「グレーゾーン」を生み出します。尹海東「植民地認識の「グレーゾーン」」(『現代思想』2002年5月号)は植民地朝鮮における「グレーゾーン」の存在を指摘した論文ですが、韓国の歴史学界における「反日/親日」「植民地近代化論/収奪論」との錯綜した関係を読み解く上でも非常に興味深い内容です。つまり、植民地化においては朝鮮の近代化のため日本に「協力」した人が多くいたわけですが、その「協力」が「植民地収奪論」の元では日本を一方的に益する行為として「親日派」と読み替えられてしまうわけです。とはいえ「植民地近代化論」も「近代化」の価値を自明のものとしている点では「収奪論」と同じ前提に立っているわけで、それを問い直すためにこそ、植民地支配と近代化が交差する「グレーゾーン」に注目しなければならない、と著者は主張します。なお、「グレーゾーン」つながりではプリーモ・レーヴィ『溺れるものと救われるもの』などが有名。
明治から大正の議会政治を形容して「内に立憲主義、外に帝国主義」と言われることがありますが、この両者の絡み合いを描いたものとして米谷匡史「矢内原忠雄の<植民・社会政策>論」(『思想』945号)、同「戦間期知識人の帝国改造論」(『日本史講座』第9巻、東京大学出版会、2005年)などが挙げられるでしょう。大正期において盛んに唱えられる「社会改造」が、国内の問題だけでなく植民地朝鮮における貧困を視野に入れた「帝国の再編」という問題意識に基づいていたことを著者は指摘しています。
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もし責任が問われている事象について無罪であるならば、日本人である私の責任を問う人々や組織的犯罪としての従軍慰安婦制度の犠牲となった人々に対して、「私は組織的犯罪としての従軍慰安婦制度に加担しなかったのだ」とはっきり主張する義務を負っているのだ、と思う。……つまり、日本を割ることだ。責任を問う人々がおしつけてくる日本人という規定に抗議し、日本人の内実を大きく変えて行くことだろう。(300〜301頁)
高橋が正しいのか、それとも酒井が正しいのか。どちらかを否定するのではなく、両者の見解を止揚するような地点を探すべきだろう、と僕は思います。その意味では高橋本で批判の対象となっている加藤典洋『敗戦後論 (ちくま文庫)』を合わせた3冊を読み比べてみるのが良いのではないかと。
それと、高橋、酒井がともに重視する「応答責任」という概念をより深く理解するうえで、エマニュエル・レヴィナスの思想を知っておくことは非常に重要です。入門用(というには少し難解ですが)としては熊野純彦『レヴィナス入門 (ちくま新書)』がお勧め。ジュディス・バトラー『生のあやうさ―哀悼と暴力の政治学』はレヴィナス思想をもとに「応答責任」を論じた実践例です。熊野本の内容を踏まえた上で読むのが良いでしょう。
- 作者: エドワード・W.サイード,Edward W. Said,大橋洋一
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