ウィリアム・ゴールディング『蝿の王』

蠅の王 (新潮文庫)

蠅の王 (新潮文庫)

舞台は近未来、戦争のため疎開する少年たちを乗せた旅客機が無人島に墜落し、少年たちはそこで生活することを余儀なくされます。そこで彼らは2つの派閥に分かれて対立し決定的な悲劇を引き起こす、というのが物語の骨子なのですが、これが非常に純粋というか、精神的な対立なのです。
それは、無人島という環境に適応し、登場人物の言葉を借りるなら「獣」に身を任せようとする側と、それまで生活してきた中での秩序を無人島にも適応させ、「大人」の社会をそこに作ろうとする側との対立だと言えるでしょう。
一般的な冒険小説とは異なり、少年たちにはほとんど何の苦労もなく食べ物と飲み水が与えられます。それでも起こる決定的な対立、というのは、何らかの必要性に追い立てられたものではなく、ほとんど本能に根ざした、避けがたいものです。ゴールディングが描こうとしたのはまさにそういった対立でした。
ゴールディングは「獣」の悪を断罪するわけでも、宗教的な救いを見出そうとするわけでもなく、淡々と「獣」に向き合います。その点、登場人物のひとりであるサイモンと蝿の王(=少年たちが殺した豚の頭)との対話はこの作品のハイライトだと言えます。

サイモンは、頭を軽く上方に傾けた。眼はどうしても前方からそむけることはできなかった。蝿の王は、依然として彼の眼の前に曝されたままこちらを向いていた。
「おまえはたった一人で何をここでしているのだね?わたしが恐ろしくはないのかね?」
サイモンは頭を横に振った。
「おまえを助けようという者も一人もいないじゃないか?そうしようというのはわたしだけなんだよ。それにわたしは獣なんだよ」
サイモンは口をしきりにもぐもぐしていたが、ついに明瞭に聞きとれる言葉を吐いて、いった。
「うん、棒切れの上に曝されている豚の頭さ」
「獣を追っかけて殺せるなんておまえたちが考えた馬鹿げた話さ!」と、その豚の頭はいった。その一瞬、森やその他のぼんやりと識別できる場所が、一種の笑い声みたいな声の反響にわきたった。「おまえはそのことは知ってたのじゃないのか?わたしはおまえたちの一部なんだよ。おまえたちのずっと奥のほうにいるんだよ?どうして何もかもだめなのか、どうして今のようになってしまったのか、それはみんなわたしのせいなんだよ」

こうして「獣」と対立したサイモンも「獣」に身を任せた少年たちによって殺されてしまいます。ここに、作者の「救い」に対する懐疑性を読み取ることも可能でしょう。


ちなみに、アニメ作品で『無限のリヴァイアス』というのがありますが、これはそのまま『蝿の王』ですね。『蝿の王』では、まだ少年たちの間で秩序が保たれていたころ、彼らは大きな法螺貝を中心に置いて集会を開いていました。つまり法螺貝が秩序の象徴です。『無限のリヴァイアス』では、法螺貝のような形をした「ヴァイア」という生物から生み出されるエネルギィを利用した兵器を利用して艦内を統治します。ここでもやはり法螺貝が秩序の象徴です。『蝿の王』を参考にしたと明示しているわけですね。
もちろん違いもあって、『無限のリヴァイアス』では最後にわかりやすい救済が与えられます。この辺、こじつけというか、無理矢理な印象を受けました。人間の「悪」あるいは「獣」はそう簡単に克服されるべきではないのかもしれません。