なんとなく最近某ゼミで報告した際のレジュメを編集して公開します(ほとんど勉強ノートですが)。
取り上げているのはフランスの現代思想家ジャン=リュック・ナンシーとイタリアの文芸評論家兼思想家のジョルジュ・アガンベン。共通点はドゥルーズの影響を強く受けていること、主体subjectの再定義によって「共通点をもった人々の集まり」と捉えられがちな共同体communityの再定義も可能になると考えていること、ですね。ナンシーはのちに心臓移植をうけて「身体」を議論の中心にもってくるようになるのですが、それでますます「むき出しの生」を論じるアガンベンとの距離が縮まっていきます。なので、このレジュメでも両者の違いは論じません。
なお、このレジュメでは結構肯定的に書いていますけど(理解することが目的なのでそうなってしまう)、私はこういう「存在論から言語や労働を解き明かす」というやり方に対しておおむね否定的です。彼らにとっては労働問題も存在論から派生してくるものとして捉えられるわけですが、私には逆だろうとしか思えないし、「言語とは」「労働とは」といった概念への問いが提起される場面とは具体的にどのようなものかを考える方がよほど有意義に感じられます。
でもまあ、とりあえず「現代思想における共同体論」の入門として、一応。