戦後補償の問題について

仙谷由人官房長官は7日の記者会見で、1965(昭和40)年締結の日韓基本条約で韓国政府が日本の植民地をめぐる個人補償の請求権を放棄したことについて「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。(日韓関係の)改善方向に向けて政治的な方針を作り、判断をしなければいけないという案件もあるのではないかという話もある」と述べ、政府として新たに個人補償を検討していく考えを示した。
官房長官、戦後補償に前向き 日韓基本条約は無視

産経新聞の考えがよくわかるタイトルですね。「日韓基本条約は無視」というより、条約改正も視野にいれて交渉することを検討します、くらいの内容でしょう。
この官房長官がどういう人なのか知らないので発言の評価は差し控えますが、言ってること自体は現代史の本を読んでるとよく目にするような内容です。私としても「寝た子を起こすな」式に過去の問題を葬り去ってしまうよりは、補償を前向きに検討した方が(比喩的に言えば)トラウマ解消に役立っていいのでは、と思います。

[文書名] 日韓請求権並びに経済協力協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)
(中略)
第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
2 この条の規定は、次のもの(この協定の署名の日までにそれぞれの締約国が執つた特別の措置の対象となつたものを除く。)に影響を及ぼすものではない。
(a)一方の締約国の国民で千九百四十七年八月十五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益
(b)一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつて千九百四十五年八月十五日以後における通常の接触の過程において取得され又は他方の締約国の管轄の下にはいつたもの
3 2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつてこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であつて同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPKR/19650622.T9J.html

ところで、本来、政府が個人に代わってその請求権(個人請求権あるいは民間請求権ともいう)を消滅させる協定を結ぶことができないことは、当時、外務省条約局条約課にいた谷田正躬が、わざわざ次のように書いているとおりである。
「協定第二条3の規定の意味は、日本国民の在韓財産に対して、韓国の執る措置または日本国民の対韓請求権(クレーム)については、国が国際法上有する外交保護権を行使しないことを約束することである(中略)その財産権の消滅はこの協定によって直ちになされるのではなく、相手国政府の行為としてなされる(中略)これにより損害を受けた国民に対する政策上の配慮として、救済措置をいかにするかは別の問題である」
――高崎宋司『検証 日韓会談』岩波新書、1996年――

日本としても、「完全かつ最終的に解決された」という65年当時の認識に安住することなく、日韓条約の不足を補う「日韓補償協定」を新たに結ぶなり、国内法として「補償法」を制定するなりして、元「慰安婦」などに補償することが必要であろう。
――同上――

とはいえ、この荒れ方はちょっと凄い。
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この中のどれぐらいの人が普段「マスゴミ」と連呼しているのかは知りませんが、事実「大胆な提起ができる状況にはない」ようです。韓国は小中華思想の影響で態度がでかいとか適当なことを言ってる人もいますが(それだと日本も「日本型華夷秩序」のために態度がでかいことになる)、この問題はおそらくODAに対する批判が近年特に厳しくなっていることと関連づけて考えるべきなのだろう、と思います。
皮肉なことですが、「人権」という言葉がもっとも力をもったのは、国民国家の時代である20世紀中頃でした。あるいはアガンベンが指摘するように、最初からそういうものであったと考えるべきなのか。90年代以降の歴史学は、一方で国民国家を批判し、一方で「人権」の理念から戦後補償の不十分さを批判してきましたが、果たしてそれは正しかったのか。そんなことを考えさせられました。
識者のコメントを待ちたいところです。