固有名詞のない物語

私にとって私の名前は、私の単独性を表すものであると同時に、他者からどのように呼ばれてきたかという、私の歴史性を表すものでもある。であるならば、固有名詞のない物語とは、歴史のない物語なのだ。
そして、スーザン・ソンタグが言うように「歴史について本気で考えない人間は、政治を真剣に受け止めることができない」(『他者の苦痛へのまなざし』)。歴史のない物語とは、政治の手前で立ち止まる物語であると言えるだろう。ゆえに、固有名詞を欠いた物語がいかに啓蒙主義的な身振りを見せたとしても、それは現実の政治とは無縁なものでしかない。いや、そうであるがゆえに、現実の外部に立っているかのような超越性を、読者に与えることになるのではないか。