宗教をどう描くか

パソコンの修理で結構な出費があったので、ついでにエロゲも買ってしまいました(意味不明)。だいぶ前に発売されたアトリエかぐや『夏神』というやつ。くだらない内容であることを実は期待していたのですが、期待に反してまっとうな伝奇SFだったことに困惑気味です。いや、ぜんぜん悪くないんですけどね。作品論をやりたくなるようなレベルの作品でもないのですが、平凡な作品なりに示唆に富むところがあったので、思いついたことを簡単に書いておきます。
ひぐらし』辺りが典型だと思うのですが、主人公は都会から田舎にやってきて、その土地には教義もわからないような土俗的信仰があって、その信仰を理由に行われる残酷な風習を主人公は目撃してしまう、という話がよくありますよね。まったく非常識としか言いようがない風習が行われているにも関わらず、それが行われていない間、その土地の人々は平凡な市民として生活しているのですが、そのことが主人公には余計に気味悪く感じられるわけです。
キリスト教であれ仏教であれ、多くの宗教は「教義」と「実践」を2本の柱としています。教義があってそれを実践する。我々はそういう宗教概念を少なからず内面化しているので、このふたつが完全に分離してしまっている(教義としては市民社会の倫理を受け入れ、実践としては土地の慣習に従う)土俗的宗教というものが、何となく胡散臭く見えてしまう。あるいは、そういう「胡散臭い」ものとして土俗的宗教が見られているからこそ、物語の終盤で「実はニセ宗教だった」という種明かしをして、教義と実践が一致する「普通の」生活へと戻っていくという展開が頻出するのかもしれません。
ただ、教義と実践が一致しない(あるいは教義が存在しない)宗教がすべて胡散臭く見えるかといえばそうでもなく、「無信仰」な人々が初詣に出かけるように、ある程度まではその不一致も容認されます。2chのまとめサイトで時々「民俗学っぽい写真」が集められているのを見かけますが、柳田國男が結構なナショナリストであったように、国内におけるさまざまな「実践」はネイションの「教義」が容認するところの多様性を示すものとして受け取られてしまうわけです。神道の「教義」と仏教の「教義」は互いに相容れなくても、両者の「実践」は意外と棲み分けられてしまう(多くの日本人がやっているように)。教義さえ不動であれば、その内部で多様な実践が行われていることはむしろ教義の寛容さを示すことになるわけです。
このように教義と実践がかみ合わないまま並立できてしまう文化状況というのは、日本の場合、天皇制の問題を抜きにしては考えられないでしょう。近代日本では廃仏毀釈を経て、教義を有する諸宗教と、それを有さない非宗教(習俗・慣習)とに分類されたわけですが、神道は非宗教に分類されたにも関わらず、天皇制との関係によって実践の領域を独占してしまう。こうして教義と実践がかみ合わないまま並立する体制が完成した、と言えるのではないでしょうか。とはいえ両者は安定的に並立できるわけではなく、実践の比重が強まることで、教義の領域を飲み込んでしまうということも起こります。戦前日本の宗教家の戦争協力なんてその典型ですね。
ここでようやくエロゲの話に戻るのですが(天皇制からエロゲというのもすごい振幅だ)、田舎を舞台にした伝奇モノで描かれる土俗的信仰というのは、それが実践として描かれる限り我々の教義とは上手く棲み分けられてしまう以上、なかなかインパクトを持ち辛い、と言えるでしょう。それは所詮、社会の「多様性」でしかなく、社会の同一性に亀裂を入れるような「多元性」へは発展していかないわけです。
例外となるのは実践が教義を飲み込んでいくような瞬間、つまり我々が内面化している社会倫理と抵触するような実践(生贄をささげるとか)が描かれることなのですが、これには強烈な不快感がつきまといます。実践は変えられても、教義はなかなか変えられない(改宗できない)のです。「非倫理的な」出来事を描く作品などは、むしろこの不快感をエクスキューズに使うわけですね。「こんなに不愉快なのは、わざとやってるからですよ。非倫理的なのではなく、反倫理的なんですよ」と。
ただ、このように実践を通して教義を変化させていくようなアプローチは中々インパクトを持ちづらい。というのも「実践を通して」といったところでそれを言葉によって描かざるを得ない以上、教義と実践はそもそも区別しづらいという問題があるわけです。
なので、可能性があると僕が感じているのは土俗的信仰の実践をモチーフにした作品よりもむしろ、実践のない教義、たとえば「都市伝説」や「噂話」といったモチーフの方です。田舎よりも都会を舞台にしたほうが、教義の多元性を示すことで「われわれ」という感覚を引き裂くような、不安を与える作品は描きやすいのではないかな、と思います。単に都会の方が色々な人がいるという話でもあるんですけどね。