『銀色 完全版』に関する雑感

今は亡き……と思ったらいつのまにか復活していたねこねこソフト出世作『銀色』をクリアしました。どんな願いも叶える魔法のアイテム「銀糸」を巡る悲喜劇を描いたこの作品。非常に読み応えがあり、シナリオの構造もよく練られていて、ついでにCIRCUS『水夏』の直接的なルーツとしても興味深いのですが……ひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
「銀糸、空気嫁


「銀糸」という絶対的な力(むしろ暴力)に翻弄される人々の物語、ということは先述した通りですが、面白いことに登場人物たちはほとんどそれに気づいていません。見知らぬ運命と戦い、懸命に生きながらも、その多くは敗北に終わる――ここに「悲劇」としての典型的な構図を見ることが出来るでしょう。
しかし、悲劇のヒロインである少女たちに与えられた選択肢は、あまりに少なかったと言えます。第1章のヒロイン・名無しには文字通り何も無く、第2章の狭霧は「役立たず」という思いに縛られる……という風に。それぞれのシナリオで彼女たちが取った行動は献身的であり、また悲劇的でもあります。ただ、それ以外にはきっと、何も無かったんじゃないかな、と。
果たして彼女たちは自分で選んだのか、それとも選らばされただけだったのか。悲劇的な環境に物語を依存したことで、かえって物語の悲劇性が薄れてしまったように思われます。つまり、単なる予定調和じゃないの?ということ。


しかし、第3章は面白かったですね。ヒロインの朝奈が銀糸に願ったことが全て裏目に出る、まさに「銀糸、空気嫁」という話なんですが、それでヒロインの姉・夕奈さんが激怒してしまう。そして、「無能」「裏切り者」から始まって、あらゆる罵倒語が投げつけられる。言ってることは明らかに矛盾だらけですが、それがいかにも「話が通じない」という感じがして怖い。「完全版」で初めて音声が付いたのですが、その声優さんがまた上手いんですよね。ちょっと頭のネジが緩んでいる系。さらに恐ろしいことに、物語中に登場するどの選択肢を選んでも、結局夕奈さんは怒ってしまいます。プレイヤとしては全く手の施しようがないので、留守番電話のメッセージでも聞くようにただじっと耐えるしかありません。
それでも朝奈はお姉さんのことを大切にします。他のシナリオのように、ただすがり付いていたわけではなく、夕奈さんの「死んで」という言葉に「お姉ちゃんの方が死んで!」と言い返すだけの主体性を持ちながら。環境に対して戦いを挑む強さを、彼女は持っていました。けれど、結局は敗北に終わってしまう。そういった点は非常に「悲劇」らしい。


次の第4章も同じく「銀糸、空気嫁」×2くらいの話なんですが、こちらは現代を舞台にしているだけに、設定された「悲劇的な環境」の無理が目に付きます。例えばヒロインが診察を受けるカウンセラ。ヒロインに病気の回復を諦めさせるため、わざと無理難題を申し付けていた……なんて、酷すぎるだろ!先祖代々の恨みでもあるのかと思いましたよ。
『銀色』のモチーフを色々と借用している『水夏』でもカウンセラが出てくるのですが、こちらはそれなりに理屈の通った描写がされている。物語の洗練度という点に関しては、やはり後者に軍配が上がるでしょう。