業務(?)連絡と雑記
1.wikipedia、はじめました。というかwikipediaの編集に関わってみることにしました。手始めに本文だけ入力して放っておいたら、翌日までにきちんと体裁が整えられていたことに感動。
その勢いでもうひとつのブログを更新しました。今回のテーマは明治天皇について。
http://d.hatena.ne.jp/tukinoha2/20080316/p1
2.今週はちょくちょく暇な時間があったので、自転車で山登りをしてきました。
今回通ったのは、堀河通りをひたすら北上し、そのあと鴨川沿いに北山を越えていくルート。東海自然歩道という名前だそうですが、その割には車道しかありません。このルートは古来、丹波国にある山林荘園から京都市中に材木を運ぶルートのひとつとして活用されてきました。大半の材木は別のルート、大堰川を利用して運ばれたそうですが(筏にして流す)、大嘗会など神聖な儀式では、穢れを避けるために陸路から運ばれたとのことです。水に浸かったものは不浄という認識があったのでしょうね。
そんなわけで、材木を担いで峠を越えたという中世の人夫の気分を体感するため、13時30分ごろに自宅を出発。堀川通りに入れば後はまっすぐ北上するだけなので、道に迷う心配だけはありません。40分ほどで本格的な山道へ。
ちなみに、今回通った道から西に向かって峠をひとつ隔てた場所には氷室という地名が残っています。朝廷に献上するための氷を夏場まで保存しておく場所だったため。機会があればこちらにも行ってみたいのですが、地図で見る限りではかなりの急勾配なので、自転車では難しいかな……。
途中、交通整理のおじさんに「頑張ってね」と言われました。頑張る。
さて、北山の辺りには惟喬親王関連の遺跡が多く残されています。親王が幼少の頃に夜泣きをしたという夜泣き峠や、親王を祭る惟喬神社。さらに北へ行くと祖父谷峠という場所がありますが、元々は素風谷と書き、親王の従者であった小野素風(小野道風の父親)に由来するとか。
2時間ほどで惟喬神社に到着。この辺で道がふたつに分かれます。ひとつは祖父谷峠から旧京北町に至る道、もうひとつは岩屋不動に至る道。前者を選ぶと帰れなくなるので、今回は後者を選択。なお、この辺で標高300メートルを突破。寒っ。あちらこちらに雪が残っているのを見ながら自転車を漕ごうとしますが、坂が急すぎて漕げません。仕方が無いので押して歩く。
30分ほどで岩屋不動に到着。本堂が非公開のため、ほとんど何も見れず。帰りはずっと下り坂なので楽勝でした。18時ごろまでに帰宅。
3.衝撃の告白。僕が記事タイトルの末尾に「〜に関する雑記」とつけるときは、記事の内容に自信がないときです。最近ずっと自信ないよ!