黒澤明『どですかでん』

最近、アニメ記事の方で黒澤や小津を引き合いに出すことが多かったので、当分は邦画を中心に取り上げていきます。

どですかでん [DVD]

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黒澤監督初のカラー作品。70年の公開ですから、ずいぶん長い間モノクロにこだわっていたわけですね。モノクロでしか撮れないものを撮り続けた分、カラーに転じて以降はカラーでしか撮れないものを撮っていくことになります。
黒澤監督、画家を目指していたというだけあって、その色彩感覚は独特。記号的、という感じがします。例えば、赤い家に赤い服を着て住んでいる夫婦と、黄色い家に黄色い服を着て住んでいる夫婦の話がありました。これが浮気をきっかけに入れ替わってしまい、また元に戻るという喜劇的展開を辿るのですが、下手をすれば観客を混乱させかねないところを、色の組み合わせで「あれ?おかしいな」ということがすぐわかる。原色の色使いによって、夫婦が入れ替わるという可笑しさが視覚的に伝わってくるのです。
この、極端に記号化/抽象化された世界では、幻想が現実の中に食い込んでくるような危うさが感じられます。例えば、見えない列車の車掌になりきった六ちゃんが、電車のブレーキをかけ、ドアを開ける真似をします(本人は大真面目なのですが)。その時、実際に電車が存在するわけではないのに、ブレーキのかかる音やドアの開く音がリアルに聴こえてくるのです。他にも、家を建てる空想にふける浮浪者の親子の話で、父親が家の形を想像し、息子に「どうだ、良いだろう」と訊ねるシーンがあります。父親の想像だから息子には見えるはずがないのですが、全く同じものを想像しているのか、それとも適当に相槌を打っているのかわかりませんが、息子は「良いね、父ちゃん」と返事をするわけです。
誰にでも聴こえる音/登場人物にしか聴こえない音、誰にでも見える景色/登場人物にしか見えない景色の境界を意識的に崩すことで、日常の中の非日常を抉り出すことにこの作品は成功しています。
2時間半くらいある結構長い映画なんですが、画面の隅々まで見るところがあって、退屈する暇がなかったですね。