『バルカン超特急』−「ヒッチコック・タッチ」の精髄

列車の中で親しくなった老婦人が突然いなくなった。他の乗客たちはみんな何故か「初めからそんな女性はいなかった」と口を揃えて言うのだけれど……。
恥ずかしながらヒッチコック監督作品を見るのは初めてです。「ヒッチコックはサスペンスの巨匠です」「何当たり前のことを言ってんだ。ばーかばーか」という語りつくされた故の怖さから敬遠していたのですが、この作品を見た瞬間、なぜか水野晴郎の顔が浮かんだので見てみることにしました。

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序盤に提示される「謎」で観客の興味を引っ張っていく、という点ではまさにサスペンスの王道を行っているわけですが、その一方で練りこまれた人物造形にも注目したいところです。クリケットにしか興味のないマイペースなイギリス人旅行者。そのイギリス人旅行者から馬鹿にされるのが、他国の文化に理解をしめす老婦人。それと銃撃戦の中で白旗を振って外に出て、すぐに撃ち殺される紳士。ヒッチコック流の人間観察が実に面白いですね。
実は政治的な意味合いも込められているみたいです。イギリス人の主人公の邪魔をするのがイタリア人、それとドイツ風の名前を持つチェコスロバキア人というわけで、第2次大戦そのまま。ただ、物語の背景として必要なものではあるのですが、それ自体に深い意味があるというわけではない。タイトルの『バルカン』だって全然意味ないですしね。これがマクガフィン(意味のないもの)というやつ。
もちろん本筋のサスペンスも非常に上質なものですが、そこにメロドラマの要素を組み込むことで観客の興味を上手く持続させています。一体どういうことだと登場人物を右往左往させているうちに、いがみ合っていた2人に愛が芽生えてしまう。この辺のストーリィ展開は絶妙だと感じました。
「いやぁ!映画って、本当にいいもんですね!」(何だこの終わらせ方)