秋の夜長にうってつけのあれこれ

読書の秋ですが、秋はアウトドアで楽しいことが多すぎて、実は読書に向かない季節ではないでしょうか。暗いし。
あと「読書感想文」なんてのもありました。苦行以外の何物でもありませんが、「この本は私の娘から熱心に勧めてもらい、すっかり夢中になりました。この本のおかげで家族関係は良好になり、持病のリュウマチまで治りました!本当に感謝しています!」なんてふうに、関係のない身の上話を紛れ込ませると良い評価がもらえます。今になって思えば、これって人間関係の縮図かも。
というわけで、今日は読書感想文の題材とするには最高に難しい本を紹介します。

死霊(1) (講談社文芸文庫)

死霊(1) (講談社文芸文庫)

有名なのか有名じゃないのか良くわからない、埴谷雄高の代表作。
あらすじは凄く単純です。ある癲狂院にあつまった思想家たちが、毎日、宇宙の話や自己の存在について、あと蛸の話なんかをします。たまに過去のエピソードも入ります。それだけ。
しかし恐ろしく台詞が長い。面倒になって2,3ページめくってみたら、まだ同じ人物が話し続けていたなんてこともざらにあります。「ど、どこで息継ぎしてるんですか?」と誰か訊いて。
内容も難解で、誤読しようと思えばどこまでも誤読できそう。「宇宙的な気配」なんていわれても、全然わからない。
そんなわけで、これを通して読んだ人には拍手喝采、でも、普通の人には無理です。
少し行儀は悪いですが、つまみ食いするつもりで読みましょう。そういう風に読めば、この小説は文章表現の宝石箱です。いくらでも引用することが出来ます。

「瞑想と殉教と流血に積み上げられた歴史」
「存在は不快を噛みしめなければならないのだろうか」
「言葉を部屋の上方にほうりあげるふうに楽しげに答えた」

一番好きなのはこれ。

「ふむ、幽霊との対話!それは美しい情景でしょうね。何処か薄暗い部屋でひたと幽霊と眼を見合す最初の瞬間ーそれを貴方は長年想い描き続けたらしいが、勿論それのみにとどまる筈もないでしょうね。というのはつまり…互いにじろじろ凝視め合うと―どう挨拶するんです?首君」
「自殺の勧告ですよ」

文章を書く人は、一度これを読んで、自信をなくしてみるのも良いのではないでしょうか。圧倒的な敗北感を味わえます。