『ef - a tale of melodies.』第4話の註釈と雑感

まるまる1週遅れましたが、第4話についての記事です。第5話についても今日中に書きますので、しばらくお待ちください(待っている人がいれば)。

前回の終りに多少感動的なエピソードを持ってきて、久瀬も少しはマシになったか?と思いきや、ますますネガティブさに磨きのかかる第4話。冒頭では「水」と「ビール」が詰め込まれた冷蔵庫が描写され、続けて、水の底から上を見上げたイメージに「まだ、生きてるんですから……お願いです……!」という羽山ミズキの声が被せられます。

第1話ではミズキが「海の夢」を見ていたことからもわかるように、青い水は彼女の象徴であり、また水面の光は何かファンタジックな希望を感じさせます。しかし、それは次の瞬間にビールという「大人の世界」へと変換され、消費されてしまう。

それにしても、この空洞の内部から上を見上げるカットは、何となく『School Days』の最終回を思い出しますね……。
続けて描写されるのは「バイオリンが燃える姿」「タバコに火をつける姿」であり、いずれも火。ミズキを表す水色が、ビールの黄金色、そして火の赤色へと段々変化しているようにも見えるし、あるいはより単純に「火VS水」とも考えられます。もっとも「火と赤」のモチーフはこの場面に限らず繰り返しくりかえし表れているので、いちいち指摘しても仕方ないかな、という気はしますが。他のアニメにおいても一般的な技法であり、『ef』はその執拗さにおいて評価されるでしょう。
OPを挟んで本編。
時間に追われる広野紘。デジタル式の時計を早く進ませることで時間の圧縮を試みているわけですが、それにしても時計の進み方と僕たちの時間感覚を同調させようというのは非常に不思議な発想であって、時計の誕生によって人間の時間感覚がどう変化したのか考えてみる必要がありそうですが今回は略(こういうことこそ近代史の領域なんですが)。
あとのシーンで凪お姉さんが登場し、「決意したからには、すべてお前の責任だ」とマッチョなことを言います。『ef1』においては「決意したものには責任がある」というのが恋愛におけるルールだと散々語られましたが、それは仕事においても同様である、と。その是非はともかくとして、我々の社会において重要な決意は2度行うことが求められています。1度目は無意識において決意し(語義矛盾ですが)、2度目は意識的に決意する。2度目の決意は、1度目の決意を(なかば無理矢理)言語化し、それを追認する行為です。「恋愛資本主義」という言葉を僕なりに解釈すると、無意識下における選択を意識的な選択として追認させ、それによって責任を負わせようとする資本主義社会のルールが恋愛にまで延長されていることへの批判が込められた言葉なんですが(サラリーマン金太郎にも「私は会社と恋愛がしたい」という台詞がありましたね)、そんな意味で使っているのは僕だけかもしれません。『ef』における恋愛の凡庸さというか普通さというのも、その恋愛資本主義を地で行ってる(問題とされるのは常に「2度目の決意」であり、「1度目の決意」はその起源を忘却される)ためであると思うのですが、この話も長くなるので略。

本編の内容に戻ります。『ef』において多用される技法として目のアップが挙げられるのですが、それと同じくらい頻繁に用いられるのが目をフレームや影で省略する技法です。
人と話すときは相手の目を見て話すように僕たちは教育されている。ゆえに、目を見せないというのはつまりコミュニケーションの回路が遮断されているということです。もちろん、じーっと相手の目を見つめることもコミュニケーションにおいては禁じられているわけであり、雨宮兄が火村の肩に触れるシーンにおいて雨宮兄の目だけが抜き出され、それが凝視されるのもコミュニケーションの不可能性を表していると考えられるでしょう。
覆面や仮面をつけて銀行に入れば通報されてしまうように、正常なコミュニケーションを実現するためには「素顔」をさらす必要がある。そこで次の問題となるのが、いったい「素顔」とは何か?ということです。果たして久瀬修一にとって素顔/仮面という二項立的な図式が成立しているのか。仮面をつけて高笑いしながら、次のカットでは平然として歩いていたりする。「仮面」に対して何か独特な考え方を持っているんじゃないか、と思うのですが、具体的にはまだわかりません。
そうそう、終わりごろに火村が「カレンダーに自分が死ぬ日を記入できるのは人間だけだ」と言いますよね。これ、真賀田四季じゃないかなぁ。

「私、自分が死ぬ日をカレンダに書きたいわ……。こんな贅沢なスケジュールって、他にあるかしら?」
  森博嗣すべてがFになる

で、エンディング後のCパートで久瀬がカレンダに○をつけながら「fine(終り)」と呟く。何かしら関係がありそうな気がします。

あと、今回は雨宮兄が超格好良かった!お前何メートル飛んでるんだよ、と思わず言いたくなるくらいの超人ぶりで、アメコミのダークヒーローみたいでしたね。原作では中ボス程度の存在感でしたが。優子の部屋に現れるときはタバコを吸っている。冒頭でも久瀬が吸っていましたが、煙をじっと見つめているときの気だるさが良く現れていました。

私の手から星に向かって立ち昇るシガレットの煙の眺めに、この異様なけだるさの中で、いつまでもわたしは見とれている。
  マンディアルグ『1914年の夜』より

今回はあまり書くことがないので、これくらいで。