カジュアルな「奴隷の鎖自慢」

A「回転寿司で喜んでるやつってなんなの?死ぬの?」
B「回転寿司なめんなよゴルァ!俺たち庶民は回らない寿司屋になんて行けないんだよ!」
A「どうして君たちはそんなに貧乏なの?」
B「知らん。そんなことは経済学者に聞け」
A「じゃあ、君は何が言いたいの?」
B「回転寿司でも救われる人がいる、ということだ。回らない寿司屋があっても良いが、回転寿司を否定するな」
一見もっともらしいけど、この調子だと「回転寿司で救われる人」は永久に回らない寿司屋には行けないでしょう(Aさんも酷いやつだけど)。なぜなら、寿司がだめなら同じ論法でファミレスに、ファミレスがだめならコンビニ弁当に、コンビニ弁当がだめなら賄いつきのバイトに行けばよい、と無限に後退出来てしまうから。
「選択の自由」は可能な選択肢を用意してから論じましょう、という話。