杉井光『神様のメモ帳』

バー裏の「ただの探偵じゃない。ニート探偵だ」という、ナウなヤングにバカウケな文句を見た瞬間、さてはイロモノかと思いましたが、しっかりした小説でした。鬱だ鬱だという前評判に反して、意外なほど読後感が良かったのも好印象。まあ、僕はエロゲ脳の持ち主なので、予防線の張り方が厳しすぎることに原因がある気もしますが……。

神様のメモ帳 (電撃文庫)

神様のメモ帳 (電撃文庫)

「……前にぼくが言ったことを憶えているかい。探偵の本質は死者の代弁者だと。墓を暴いて失われた言葉を引きずり出し、死者の名誉を守るためだけに生者を傷つけ、生者に慰めを与えるためだけに死者を辱める、と」

真実を暴き、悪を裁くという「探偵ごっこ」を相対化するための重要なセリフ。これが「ぼくらニートが苦しむ理由というのは突き詰めれば一つしかない。なにをすればいいのか、わからないのだよ」と繋がることで、その自虐傾向はより一層強くなります。ただ、根本的にはみんな明るいんですよね。少なくともこの物語の中で、彼らが何をすべきかははっきりしている。真実を抱えた死者は、そこにいる。
しかし。
野暮なことを言えば、死者が語るべき言葉は存在しないし、守るべき名誉も、辱められることの苦痛も存在しません。なぜなら死者は死んでいるから。だからこそ死者の言葉は強く、また死者を味方につけなかった軍隊が勝利した例はありません。しかし、語るのは常に生者であり、名誉は生者のものであり、辱められるのも生者である、という視点は大切なことかもしれません。
クライマックスについてですが、『さよならピアノソナタ』でも同じで、誰かに急き立てられた主人公が駆け出して終わり、というパターン。それ自体はちょっとありきたりですが、そこに持っていくまでのプロセスは悪くないですね。人間の力はベクトルで表される、と登場人物に語らせているように、同じ「成長」も時と場合によって違った印象が変わってしまう、そんな複雑さを描いているように思われます。大人になることと、弱くなることは同じかもしれません。