『シゴフミ』に関する雑感

「キラメキ先生は、確かに罪を償うべきです。でも作品は、紡がれた言葉には罪は無いはずです」
「犯罪者の本を出すつもり?」
(中略)
「うちだって、彼のおかげで儲けてきたんですよね?それでお給料もらっていた私たちも、同罪じゃないですか」

最終回「シゴフミ」を視聴。ようやくこの作品のことを、少しだけ理解できた気がします。
死者からの手紙を届ける「シゴフミ」配達人であるフミカ。彼女はそれが生者に対してどのような影響を与えるか、ということをあえて考えようとはしません。その点においては、彼女は無色の存在です。しかし一方で、「人間は壊れている」と発言するなど、人間や社会に対する規範意識をうかがわせる態度も見せています。
この矛盾する態度は何を表しているのか?それだけが、魚の小骨のように僕の中で引っかかっていました。しかし今になって振り返ると、第2話のラストシーンで、殺人を犯しまた自らの命も失ったヒロインからのシゴフミを「世界で最も純粋で、美しい想い」と評した時点で、既に答えは出ていたわけですが……。そのほかの主題も、第1話から第3話までにそのほとんどは出揃っていたのではないかと思います。

僕の主観的な考えですが、高い場所から声高に正義を叫ぶよりも、「美」という普遍性への挑戦によって他者への共感を促していく方が結果として「倫理的」である、という可能性が存在します。詳細は以前書いたので省略しますが、この作品には特にいくつかのエピソードで顕著な「非倫理的」要素はあっても、決して「反倫理的」な作品ではありません。


さて、ここからは『シゴフミ』におけるいくつかの特徴的な描写について考えてみましょう。まずは群衆について。

群衆の持つ機能とは、端的には「見ること」であると言うことができます。一斉に注目することで見られる側の特異性を際立たせたり、あるいは誰も見ないことで平凡さを強調したり。「見ること」あるいは「視線」は言語化しづらいだけに映像向きのモチーフなのですが、この作品では音声との組み合わせによって特に劇的な効果を挙げています。

文歌がシャッター音に気づいて振り向いてみると、携帯カメラがこちらを向いている。ということは、このカットでは映像の中に音源が含まれていることがわかります。その後もシャッター音は続きますが、しかし、おそらくどこかにカメラが存在するのだろうけど位置は特定できなくなり、やがて本当にカメラが存在するのかどうかさえわからなくなります(幻聴ではないかという可能性が出てくる)。
つまり、この一連のシーンにおいて同じシャッター音が次々と
1.「映像の中に音源が含まれる『イン』の音」から
2.「映像の中に音源はないが、作品世界の中に音源が存在すると考えられる『フレーム外』の音」へと移り、そして
3.「作品世界の外から聴こえてくる『オフ』の音」へと侵犯していくことで、音源であるカメラ、そしてそれを覗く人間の姿を消しながら「カメラを通して見られている」という感覚だけを植えつけていきます。

第2話から繰り返し登場する、「見られずに見る」存在としての群衆。それは「見たい」という欲望によってのみ繋がっている集団ですが、その欲望は個々人が持っているものというよりは「他の人が見ているから私も見たい」という依存的なものです。最終話において文歌が群衆から見られる理由というのがそれですが、そのために彼女を見る視線は具体的な像を持たず、環境の一部として表現されるのだろう、と僕は考えます。


もうひとつ注目したい点は、この作品においては印象的なシーンが多くの場合「夕方」に描かれているということです。太陽が頭上を越え、やがて沈もうという微妙な時間。それは、陽の光によって隠されていたものが現れる時間でもあります。

ところで、夕方の情景を描写する際には必然的に「影」がついて回ることになりますが、この現れたり消えたりする「影」というものに、古くから僕たちは自らの内面を重ね合わせてきました。ドイツ表現主義においては人間の宿命や神秘の、フィルム・ノワールでは不安や恐怖の、あるいは日本語で「影が薄い」というように生と死の象徴として。あえて一般化するならば、影とは個人の人格において抑圧された部分を表す「もうひとりの自分」であると言えるでしょう。

また、こうして隠されていたものが表されるシーンにおいては、しばしばその直前に「階段」や「扉」といった境界が設定されていることにも気づかされます。「階段」のモチーフについては「新・アニメ・批評」さんが言及しているのでそちらを参照のこと。


階段や扉の向こう側にあるものは垣間見ることしか出来ず、それだけに「はっきり見たい」という欲望や、別の空間が広がっているのではないかという期待を抱かせるのではないか、というのが僕の考えです。


最初にも書きましたが、主要なテーマは序盤で出揃っているため、中盤においてはやや方向性が見えづらいという印象を受けました。それを除けば、作品の舞台である都市とそこで生きる人物とが密接に絡み合った秀作であり、高く評価したいと僕は思います。
あと、第11話のラストシーンで登場した女性を「性転換した美川キラメキ」と予想したのは僕だけじゃないですよね?

シゴフミ 一通目 [DVD]

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