『裏窓』に見るヒッチコック作品の魅力

裏窓 [DVD]

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ヒッチコック作品の魅力とは何でしょうか?僕は、観客を画面の中へと引き込む技術にあると思います。登場人物の視点にカメラを据えたり、あえて全体を映さないことで想像力を働かせたりと、感情移入させることに関してはこの人の右に出る映画監督はいないでしょう。
ただ、映像の持つ魅力を前面に押し出した構成、感情に強く働きかける作風であるだけに、純粋に筋立てだけを見ると無茶というかナンセンスであることが少なくありません。そこが面白いっていうのもひとつの意見ですけどね。
で、今日は『裏窓』の紹介。コーネル・ウールリッチ原作……と書いても通りが良くないでしょう。『幻の女』を書いたウィリアム・アイリッシュの別名義。その原作に豊かな肉付け(特に色気)を行った作品、それがヒッチコックの『裏窓』です。
足を骨折した主人公のカメラマン、彼の楽しみはアパートの窓から隣人たちの生活を眺めることだけでした。そんなある日、主人公は向かいの家に住む大男とその奥さんの喧嘩を目撃します。その翌日には奥さんが消え、大男は肉切り包丁と鋸を新聞紙に包んでいた……。
奥さんは大男に殺されて、バラバラに解体されたのでは?主人公はそう考えて調査を始めまることに。
さて、この作品の舞台はたったの一箇所、主人公の住む部屋だけです。事件の起こる向かいのアパートは主人公の視線によって望遠されるにすぎず、カメラは動けない主人公と同じ立場に立たされているのだと言えるでしょう。
実に不自由な映画。ですが、この不自由さが『裏窓』を一級のサスペンスに仕立て上げていることは間違いありません。
アパートの窓から見える限られた空間に支配される主人公はある意味、映画を見る観客と非常に近い立場にいます。そして、観客の視線であるカメラワークは主人公の視線をなぞるように動かされる。この映画では観客と主人公の立場が近すぎるくらいに近いのです。
カメラが主人公の部屋から出られないことを知っている観客は、主人公の感じるもどかしさを共有することになります。向かいの部屋でヒロインの危機を目撃しても、悪漢が自分の部屋に近づいてくる音を聞いたとしても、そこから動けないとわかっている。クライマックスなんて心臓に悪いですよ、まったくまったく。
もうひとつ強調しておきたいのは、色の使い方の上手さです。時間のジャンプを全て色調で表してしまうこと、クライマックスシーンで主人公がフラッシュをたいて悪漢の眩ませる際の演出など、非常に良い仕事を見せてくれました。
他にも見所はたくさんあるのですが、今回はこれくらいで。ヒッチコックの凄さを見るにはもってこいの一本です。