括弧書きのレトリック

「(前略)〜であるために、私は桜の木の下でランダバを踊ったわけである(桜の木と言えば「桜の木の下には死体が埋まっている」という話をご存知の方も多いと思う。これは坂口安吾の『桜の森の満開の下』という作品が初出だと思われがちだが、実際には梶井基次郎の『桜の樹の下には』冒頭に「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」とあるように、安吾以前からある表現だ。西行法師も「願わくば 花の下にて 春死なむ その きさらぎの 望月の頃」と歌っているし、なぜか桜には死のイメージが付きまとう。満開の桜には催眠効果があるという話も聞くが、何となく嘘くさい。ただ、『D.C.〜ダ・カーポ〜』の朝倉音夢が記憶を失っていくと共に桜の花びらを吐き始めるのは、その噂に引っ掛けたからじゃないかと思う。確証はないけど)。つまり私にとって花見というのは〜(後略)」
ほら、もう何が「つまり」なのかわからない。
「ま、まさかそれをやりたかっただけなのか!?」
「うん。ごめんね」