西郷従道に関する挿話

前年川村純義伯の邸に、主上の臨御あり。文武百官皆招がる。此日、〔西郷従道〕侯の隣席に後藤〔象二郎〕伯あり。偶々椅子を離れて起立す。侯竊(ひそか)に其椅子を他に移して知らざる為す。果然伯は無意識に復席して痛く尻餅を突きぬ。侯手を打って笑って曰く、大同団結倒ると。
(鳥谷部銑太郎「侯爵西郷従道君」)

意訳:川村純義の屋敷で天皇陛下が臨席するパーティーがあり、文官・武官が皆招かれた。西郷従道の隣の席には後藤象二郎がいた。後藤がたまたま椅子を離れて起立すると、西郷はこっそりその椅子をどかして素知らぬ顔をしていた。案の定、後藤は座ろうとして尻餅を突いた。西郷は手を打ちながら笑って「大同団結運動は倒れた」と言った。
捕捉:西郷従道西郷隆盛の弟。兄の死後も明治政府の大物政治家として、海軍を中心に大きな影響力をもった。後藤象二郎はこのとき大同団結運動(自由民権各派の統一運動)に従事しているところ。要するに、薩摩・長州出身の少数の政治家によって支配されている政府を批判し議会政治を打ち立てるべく奔走している後藤に対して、薩摩閥の西郷が悪戯を仕掛けたという話。出典の「侯爵西郷従道君」は西郷の死後に書かれた伝記なので、どこまで本当の話かは不明。