杉井光『さよならピアノソナタ』

音楽の力はなんて偉大なんだろう、と思う。あんなに離れていたのに、楽譜通りに弾くだけで、すぐそばにいるように錯覚できてしまった。なんてすごい力だろう。消えてしまえ。

さよならピアノソナタ (電撃文庫)

さよならピアノソナタ (電撃文庫)

タイトル買い。個人的には一番「手堅い」買い方です。
音楽、ボーイミーツガール、逃避行、ヒロインの病気etcといった要素は『世界ノ全テ』に近いかな。音楽を抜かせば『イリヤの空』?まあ、そんな皮相的な見方はこのくらいにして、本題に入りましょう。
小説のメカニズムというか、方法論的にはいかにも最近の流行という感じ。ミステリィで言うところのトリック、言い換えると読者の興味を引っ張っていく物語の「核」それ自体は大したことないのだけれど、それよりも面白いもの(この場合は音楽に関する薀蓄と少年漫画的な勢い)で「核」を包み込み、助走をつけて一気に後半へなだれ込む構成。人間誰でも一作は小説が書けると言われているように、著者の「特殊な」経験を基にした小説は面白くなりやすいようです。誰もが特殊な経験を持っているのだとしたら、本当は全然特殊じゃないんですけどね。それだけに、体験を共有していない人にも訴えかける普遍性があるのかなぁ、と。昔はちょっと小難しいことを書くと「私にはわかったけど、一般の人にはわからないんじゃないか」という批判を受けたそうですが……。
いくつかこの作品の美点を挙げていくと、まず真っ先に思いつくのは構成の上手さ。非常に洗練されて、無駄がない。伏線を解消するやり方もごく自然。それと、反語表現を多用する文章の面白さ。冒頭に上げた文章もそうですが、ギャグもあっさりした感じで良かったですね。
一方、気になったのは「ずる賢いお姉さんキャラ」の立ち位置について。赤松健先生が『ラブひな』のあとがきで似たようなことを書いていましたが、ポケポケしている主人公を引っ張って物語を回転させ、自身はそれほど深く物語に食い込まずに存在感だけ主張する暗躍する「黒幕キャラ」は物語において非常に便利な存在です。ただ、便利なだけに「いいように使われている」ようで感情移入できない、という難点もあるように思われます。
そういった「ありがち」な難点はあるものの、この作品では美点の方が大きく上回っている、というのが僕の評価です。でも、続きは無いほうが綺麗なんじゃないかな……。